第36回|スポーツに邁進してきた娘。結婚もやっぱりスポーツがらみだった!
松岡 秀子(仮名)さん【65歳・会社員・大阪府】
夫の夢は自分の得意な機械体操を娘に仕込むこと!
大阪府に住んでいる、65歳の会社員です。
主人とはお見合い結婚で結ばれました。待ち望んだ妊娠・出産は友達の間では私が一番遅咲きでした。友達の育児に花を咲かせている話を聞いては、次は私! と楽しみにしてたんですよ。。
幸い、と言っては語弊があるかもしれませんが、生まれてきてくれたのは女の子! 新生児の娘のおむつを替えたり、母乳を飲ませたりしながら、この子が成長したら一緒にショッピングに行ってお洋服の選び合いをしよう! 家でクッキーやお菓子作りを一緒にしよう! なんて、夢を馳せていたんですよ。。
ところが、人生って、本当にどう転ぶか分かりませんね。母乳育児が終わったとたん、娘を主人に取りあげられたんです。取りあげられたって、物みたいに言うな! とか思われるでしょうが、本当のことだから仕方がありません。
夫は若いころ、機械体操が得意で、高校からスカウトが来たくらいなんです。その機械体操を娘に仕込む! と言っては、まだオムツをしている娘に「前準備! 下準備!」といってはダンベルを持たせたりする、張り切りようでした。
娘が幼稚園に入ったころには、娘はすでに機械体操教室に籍を置き、そのメンバーの中でも腕前は群を抜いていました。それを笑顔で眺める主人の姿には少々ムカッともきましたが……。 しかしながら側転などを軽々とこなし、まだ4歳ゆえ補助付きとはいえ、軽やかにバク転をしてのける娘は、まるで翼でも生えているのだろうか? と思ってしまうくらいの身のこなしだったんです。親バカと言われようがもう、かまわず、機械体操の大会に出る娘に大声で応援したのを覚えています。
それどころか私は、夜、主人の監督のもと、布団の上で側転などをしている娘にさえ、大声で「ナイス!」「頑張って!」などと声をかけていましたね。応援するという形で、自分には分からない分野で活躍を見せる娘と同化してるつもりだったんです。
機械体操が上達するとともに……
主人の思惑通り、機械体操で地元の大会などに、所属する機械体操教室の花形選手として出場するまでに娘は上達しました。しかし、私は娘の成長と共に一抹の不安を感じていました。
その不安は的中しました。それは、娘の身体が、「だんだんマッチョになってきてしまっている」ことでした。
中学生で初潮ももう迎えた、一人前の女の子。ですが、その肉体は……太ももはまるでパンパンに膨らんだ風船のよう、ふくらはぎは桜島大根のようになり、二の腕はボンレスハムのよう、肩幅もまるでハンガーのようにいかつくなってしまいました。これにはさすがに焦りましたが、すべてがあとの祭りでした。
寝床に入るたび、あの身体で果たして成人式の着物を着ることができるのだろうか? などと思い、何度枕を涙で濡らしたことか……。
しかし、こうしたことは完全に私の杞憂に終わりました。成人式で着物を着た娘の肩は確かにハンガーのようにいかつかったのですが、白いふわふわの襟巻がうまく肩にフィットして、本当に女の子らしく記念写真に写ってくれました。
ちなみに様々な想いのこもったこの記念写真は、今でも私の宝物の一つです。
スポーツジムでバイト! どこまでも「体育会」系な娘にも春が!
娘が「スポーツジムでバイトする」と言いだしたのは、機械体操でアキレス腱を切ってしまい、体育大学への進学をあきらめた頃でした。何でもジムの受付は座り仕事なのだそうで、足を痛めてもまだなおスポーツを諦めきれない娘に合っていたんだと思います。
何より、このバイト先の元お客さんという、結婚相手まで見つけたのですから、しっかりしてるというか、ちゃっかりしているというか……。
それから私は留袖を虫干ししたり、娘たちが結婚式で着る貸衣装や主人の燕尾服を見に、「和匠」さんにみんなで足を運んだり、と夢のような楽しい日々を送りましたね。
娘の存在は相変わらず向日葵のように明るく、今では若奥さんとなって、家庭を切り盛りしています。
あとは……赤ちゃん、かな? みんなで待ってるよ!