第38回|1,150グラムの極小未熟児で生まれてきた娘、私たちのもとに来てくれてありがとう
今川 春子(仮名)さん【59歳・専業主婦・兵庫県】
小さく生まれてきても、私たちにとって大きな存在の娘
兵庫県に住む、59歳の専業主婦です。 主人とはお見合いをして結婚しました。ほどなくして妊娠。
突然ですが、高年齢で太った人ほど、難産になるって知っていますか? 難産というか、妊娠中毒症になるリスクが大きく跳ね上がります。妊娠中毒症とは、おなかの赤ちゃんに栄養が行かなくなる、という恐ろしい病気です。
ちなみに私は高年齢で出産した上、小太りです。そしたら案の定、といいましょうか。
妊娠中毒症になり、7ヶ月で娘は摘出されました。ええ、もちろん帝王切開で、です。
あんなに「赤ちゃんのために!」と栄養のある食生活を心がけて来たのに、娘に栄養はほとんどいっていなかったんですね。でも、娘はこう言っちゃなんですけど、NICU(新生児集中治療室)にいるときも、他の赤ちゃんたちに比べて、一番可愛らしくて美人さんだったんですよ。
そのことをある日、思いきって主人に言ってみたら、主人が真顔で、
「お前もやっぱりそう思う? 実は俺もずっとそう思っていたんだ」
なんていうんですよ。もう、二人そろってさっそく親バカですよ。そして、数ヶ月の後、娘は2,500グラムを超えて、無事退院。もう、感無量でしたね。
そんな娘を迎えに行くとき、私も主人もスーツを着て行ったんですよ。それくらい、娘の退院は私たちにとっての晴れがましい出来事だったんですね。
ところで、2,500グラムが、保育器を出られるボーダーラインらしいです。娘は1,150グラムで生まれたため、長い間、保育器を使わざるを得ませんでした。ですので、私たちは親として、新しい保育器の寄贈を真剣に考えたほどでしたね。
体が小さくたって、負けん気は人一倍!
娘は小学校に上がっても、体こそ小柄でしたが、その負けん気の強さは驚くほどのものでした。自分よりずっと体の大きな、しかも男の子と取っ組み合いをして青タンを作って帰宅する、なんて日常茶飯事でしたね。
なんかね、もう、自分で自分の身体をいじめているようで、「なんでなの?」って、私の方が傷だらけの娘を見てはうっすら涙を浮かべていました。
しかし、肝心の娘はというと、ケロッとしていて明るいんですよ。傷薬こそ手離せませんでしたが……。
それに、学校の先生からも
「ケンカをしても、相手とその後話し合ったりして自分で解決するんです。なかなか出来ないことですよ。素晴らしいです。」
と、おとがめを受けるどころか、褒められるという具合でした。しかも、娘の場合は、取っ組み合いをした相手とは、のちのち何でも相談できる親友に発展するんです。まあ、サバサバしているというか、これには感心しました。なかなかできないことだと思いませんか?
お年頃になって、彼氏も出来て・・・
おてんばという言葉ではとても語りつくせない娘でしたが、それでも思春期には彼氏が出来たんです。これには私も手放しで大喜びしました。
しかしそのうち、「結婚したい!」なんて言い出したんですよ。交際3年目のことでした。相手は元・典型的なガキ大将の子で、娘とは同い年です。友達のようなカップルで、ほほえましく交際を見守っていた矢先のことでした。
娘はまだ18歳、高校を卒業した頃でした。これには「早い!」とびっくりしてしまったのを今でも良く覚えています。
幸い相手の親御さんとは意気投合して、留袖レンタルなんかも一緒に「和匠」さんに見学に行ったりしました。歳がほとんど同じということも手伝って、友達のようになれたんです。
結局、私たちは結婚式の黒留袖を留袖レンタルで借りることにし、「和匠」さんにお世話になることにしたんですよ。若いこのカップルを大事にそっと見守っていましょうよ、というのが私たちの合言葉です。
娘よ、体が小さくったって、生きていくのに関係ないことを証明してくれたね。幸あれ!!